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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)83号 判決 1968年11月25日

原告 小林蔦江

被告 茨木税務署長

訴訟代理人 北谷健一 外三名

主文

被告が昭和四一年八月一九日付をもつて原告に対してなした原告の昭和四〇年分贈与税及び無申告加算税(贈与税額三六、一九〇円無申告加算税額三、六〇〇円、審査請求により取消された部分を除く)の賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

その請求原因として、

一、被告は、昭和四一年八月一九日付で原告の昭和四〇年分贈与税を四九、八二〇円、無申告加算税を四、九〇〇円とした賦課決定処分をなし、原告に通知した。

二、これに対し原告は、昭和四一年九月一二日被告に異議申立をしたが、被告は同年一二月九日棄却決定した。

三、そこで原告は、更に、同年一二月一六日大阪国税局長に審査請求をしたが、同局長は、同四二年五月一六日付で原処分の一部を取り消し原告の昭和四〇年分贈与税額を三六、一九〇円無申告加算税額を三、六〇〇円と裁決し同年六月一三日原告に通知した。

四、しかしながら原告は、昭和四〇年において誰からも贈与を受けたことがなく、従つて申告しなかつたものであるから被告の前記決定は違法である。

よつて審査の裁決により維持された決定部分の取消を求めるため本訴に及ぶ、と述べ、

被告の主張に対し、

一、本件土地の使用関係の性質について、

原告は、昭和四〇年に夫小林寛からその所有にかかる吹田市寿町一丁目二八五五番地の宅地四七六、〇三平方米(一四四坪)のうち一八九、二八平方米(五七、二六坪、以下本件土地という)を使用貸借により借り受けたことはあるが、同年において誰からも贈与をうけたことはない。

しかるに被告は、右借受の事実をもつて原告が夫小林寛から贈与をうけた旨認定しているが、使用貸借は、無償で相手方にものを使用させるという一面において、贈与に類似するけれども民法はこれについて、使用貸借という典型契約の成立を認めているから贈与は成立せず、税法上における解釈も民法のそれと別異に解する理由がないので被告の前記認定は不当である。

被告は原告と夫間の本件土地の無償使用関係は使用貸借ではなく、無償の地上権によるものと主張するが、本件土地の使用関係が使用貸借によるものであることは、明白であるから被告の右主張も失当である。

被告は、無償で地上権を設定してやることが、民法第五四九条にいう贈与に該当するとの前提に立つて、原告と夫小林寛間の本件土地の無償使用の法律関係は無償の地上権によるものと認めるべき旨主張する。

被告は、その主たる理由としてかように解することが、土地使用者がその土地を使用することによつて成立する社会生活関係やその企業組織の存続をはかる結果となることを指摘するが、本来私法上の法律行為は、強行規定又は公序良俗に反するものでない限り自由であつて、当事者が明瞭に使用貸借の契約をなしている場合において無償の地上権の設定とみた方が一層土地使用者のその土地使用関係を保護することとなるとの理由によつて恣意的な解釈をするのは相当でない。

のみならず、無償の地上権の設定と解することが、必ずしも土地使用者の土地使用関係を保護することになるといえないことは、該地上権の設定につき対抗要件が備つていない場合又は建物について登記のない場合を想定すれば明らかなところである。

被告は、親族関係等の特殊関係においては、日本人としての風俗慣習から法定地上権の制度と同一の保護が与えられるべきであるとして本件の土地の無償使用関係が土地或いは、建物の売買等を機会としていずれは顕在化する性質のものであるというが、立法論としてはともかく法の解釈としては左様な余地はなく、この前提に立つて原告が夫から潜在的地上権の設定を受けたとの主張は近代市民法の人格理論を無視するものである。

二、権利金について、

被告は、本件土地の所在する吹田市及びその隣接地域において、他人の土地を利用する場合には、土地の使用者は、土地の価額の四割六分に相当する金額の権利金を支払う慣行があるとし、原告がこの権利金を支払つていない点をとらえてこれが相続税法第九条にいう経済的利益の贈与を受けたものである旨主張する。

しかし本件土地の所在する吹田市及びその隣接地域において、使用貸借の場合は勿論賃貸借もしくは有償の地上権の設定の場合においても権利金の授受をなすことが未だ慣行化していないし、又、被告は、次の点において、相続税法第九条の解釈を誤つているというべきである。すなわち、同法条は、「対価を支払わないで、又は著るしく低い価額の対価で利益をうけた場合において」と定めているが、その意味は、世間の常識では、対価を支払うべきであるのに、対価を支払わない場合、例えば、誰がみても売買代金を支払わねばならないのに代金を支払わないか、又は名目だけの僅かな額の代金を支払うような場合、或いは、賃料を支払うのが当然であるのにその賃料を支払わないか、又は名目だけの僅かな額の賃料を支払うような場合をいうのであつて、使用貸借のように始めから対価を支払わなくてよい内容の契約には適用されないものである。

被告の権利金に関する主張が問題となりうるのは賃貸借もしくは有償の地上権による土地使用の場合に限られる。すなわち、他人の土地を使用する場合は必ず権利金を支払わなければならない慣行があると仮定した場合、権利金を支払わずに賃料だけを支払つて土地を使用すれば場合によつては被告主張のとおり権利金相当額の経済的利益の贈与をうけたことが問題となりえよう。本件は使用貸借であり、使用貸借の場合に権利金を徴する慣行があるというのであればそれは当に自己矛盾である。

もつとも使用貸借によつて土地利用者が権利金を支払つた借地権者と同等の権利を取得しうるというのであれば、右の理論的矛盾も課税の観点からは何らかの形で止揚されるかも知れない。

しかしながら使用貸借は、本来商品交換関係の外にある無償の利用関係である故に民法上劣位の保証しか与えられていないのである。例えば契約関係の消滅が賃貸借より容易に認められていること(民法五九七条五九九条)貸主の担保責任の軽減(同法五九六条)借主の必要費負担(同法五九五条)など使用借人の地位は賃借人に比し劣つている。しかもかかる保護の弱さは市民法上の扱いに止まらない。賃借人の地位を強化して住宅難生活難の救済を図つている借地法等から適用を除外されている。ましてや権利金の授受ある借地権に比すれば譲渡性において両者の差は歴然としており到底これを同一に論じることはできない。もし原告と夫とは円満な夫婦であり、原告の不利な条件が顕在化せず結局において原告は権利金を授受しかつ賃料を支払う賃借人と同一の経済的利益を得ることになるというのであれば、右は理論をもつてありうべき実際を犠牲にする結果となる。なぜならば現在円満な夫婦であつても明日は両人の間にいかなる破局をもたらすか憶測できないのが世の常だからである。

被告は原告が、権利金相当額の贈与をうけたというが、原告の得た利益が如何なる程度の借地権従つて如何なる程度の権利金と同等であるかが明らかでなく、そもそも権利金自体地代家賃統制令の適用を免れる目的で発生したものでその法律上の性質については、学問的にも実際上も不明確な点が多く、そして何よりも権利金の受け渡しをする当人間においてさえ、それによつて厳密にどういう法律上の効果を狙つているか不明である場合が多い。そして全体としてみると権利金は一時金をとるための口実である場合が殆んどである。このような権利金の実態をみるとき権利金を徴する慣行は将来において砕消さるべきであり、昭和四二年の改正借地法が借地関係に裁判所の関与を認めたことは、極めて示唆的であり、権利金を徴した者に対する課税と権利金を支払わなかつた者に対する課税とを同一平面でみることは妥当性を欠くものである。

三、定期金給付契約について、

被告は、本件土地の無償使用関係が一六年間継続するとして、原告は同年間通常地代の額に相当する定期金給付契約に関する権利の贈与をうけたものとみなすべき旨主張するが、右は、使用貸借を賃貸借と同一視している点で誤つているのみならず仮りに被告主張のとおりとしても、被告が課税しうるのは、定期金給付事由が発生した場合すなわち本件では原告が一六年間本件土地を無償で使用し終えたときであることは明白である。

と述べ、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁として、

一、原告の請求原因一ないし三項の事実は認め、四項は争う。

二、原告は、昭和四〇年一〇月頃その夫小林寛の所有する吹田市寿町一丁目三八五五番地宅地四七六、〇三平方米(一四四坪)のうち一八九、二八平方米(五七、二六坪)の本件土地を無償で借り受け、他に賃貸する目的で共同住宅二階建八戸一棟二五二、六九平方米(七六、四四坪)の建物を建築した。

三、被告は、原告が本件土地の所有者である原告の夫小林寛から本件土地を無償で使用する経済的利益の贈与を受けたものと認め、この経済的利益の額を七二四、一三八円と認定し、また右贈与税の申告をしていないので無申告加算税を賦課することとして原告主張のとおりの贈与税決定処分及び無申告加算税賦課処分を行つたものである。

なお原告から当該処分について、審査請求がなされ、大阪国税局長が審査したところ、この経済的利益の額は六四一、三一二円であることが認められたので裁決によりこの価額をこえる原処分の一部を取り消したことは原告主張のとおりであり、被告のした原処分と大阪国税局長の裁決における税額の計算は次のようになる。

原処分

裁決

取得財産価額

七二四、一三八円

六四一、三一二円

基礎控除額

四〇〇、〇〇〇円

四〇〇、〇〇〇円

基礎控除後の課税価格

三二四、一〇〇円

二四一、三〇〇円

贈与税額

四九、八二〇円

三六、一九〇円

無申告加算税

四、九〇〇円

三、六〇〇円

と述べ、

主張として、

一、土地の無償使用の法律的性格

他人間の土地の使用関係は、物権すなわち地上権によるものと債権すなわち賃貸借によるものとがある。これに対応して親族その他特殊な関係がある者の間の土地の無償使用関係には無償の地上権によるものと使用貸借によるものとがあつて、一概に使用貸借によるもののみとはいい得ない。

本件における土地の無償使用関係は、次の理由から無償の地上権によるものというべきである。

(1)  他人間における土地の使用関係においては、土地所有者は、土地所有権を相当期間制限することとなる土地使用権の内容を薄弱化しようとするが、物権法定主義によつて地上権については限度があるため賃貸借によつてその目的を達しようとする。従つて一般には地上権の設定が少く賃貸借の設定が多いといわれているが、本件のように土地所有者と土地使用者との間に親族その他の特殊な関係がある場合は、土地所有者は、土地の使用に伴う利害関係の相剋を意識し出来るだけ土地所有者にとつて有利な地位を獲得しようとするのではなく、むしろ親族その他の特殊な関係のある者相互間の愛情その他のきずなによつてこれらの相剋をのり越え土地使用者に対して安定した土地の使用を図らせようとしていると認めるべきである。

(2)  地上権と賃貸借及び使用貸借との相違は、主として、権利の譲渡性の有無にある。賃貸借の場合は、慣習や借地法、建物保護に関する法律の保護もあつて、地上権との差異は殆んどなくなつているといつてよいが、使用貸借の場合には、左様な法律、慣習の保護がない。ところが本件のように使用関係に親族その他の特殊な関係がある者相互間においては、まず土地、建物が別個に譲渡されることは通常はありえず、もし別個に譲渡されるとすれば、双方の意思によらないで譲渡される場合例えば土地又は家屋が強制執行をうける場合であろう。この場合には、土地所有者及び土地使用者は、執行債権者又は落札人などの第三者に対し特殊な共同体としての連帯感からその利益とする方の権利を、例えば譲渡されるのが建物である場合には使用貸借を、土地である場合には地上権をそれぞれ主張するであろう。従つてこれらの主張によつて地上権であるか使用貸借であるかを区別することは適当ではない。むしろ土地使用者がその土地を使用することによつて成立する社会生活関係やその企業組織の存続を重視すべきであり、従つてその使用関係を地上権と認めるのが当事者の意思に合する。

(3)  本件の土地の使用目的は、建物の所有にある。建物は一度建築すると、腐朽に至るまで少くとも三〇年以上は存続する。建物の建築には相当の資本の投下が必要である。本件の場合、原告の申立によれば本件建物の建築に四、一二〇、〇〇〇円を投下しており、これは本件土地の時価一、六〇三、二八〇円の二、六倍に相当する。このように使用期間が長期にわたり、又使用の目的である建物の建築に相当高額の投下資本を必要とする場合に、土地使用について借地法、建物保護に関する法律の適用がないとすることは、当事者の利害もさることながら国民経済上の大きな損失である。民法第三八八条所定の法定地上権はまさにこのような国民経済上の損失を考慮して潜在的土地使用権を競売を機会として顕在化せしめたものに外ならず、日本人の風俗慣習から同一人の所有と同様に考えられる親族その他の特殊な関係がある者相互間の土地使用関係においても、その土地使用権を地上権と認めるのが相当である。

(4)  更に、本件の場合、土地使用の目的は、他人に賃貸する建物の所有であり、現実に、本件建物は他人に賃貸されている。本件建物の賃借人は、本件建物を使用するのみならず本件建物の敷地である本件土地を使用する。

建物賃借人の本件土地の使用が、民法第五九四条第二項にいう第三者の使用に当るかどうかはとも角としてその借家権が使用貸借という薄弱な土地使用権の上に存続すると認めることは、借家権そのものの不安定を招き借家法制定の趣旨に反する。本件土地の所有者は、他に賃貸する目的をもつて建物を所有することを土地使用者である原告に対して承諾していると認められるから本件建物の賃借人の保護という点からも土地の使用権を地上権と認めるのが相当である。

(5)  仮りに本件土地の無償使用関係が無償の地上権設定に基くものではないとしても前記理由により土地或いは建物の売買等を機会として私法上の地上権としていずれは顕在化する性質のものであり、いわば、地上権を内在させている土地の使用関係である。従つて原告は、その夫から地上権と経済的実質を同じくする土地の利用権の贈与を受けたものである。

二、経済的利益とその計算方法

本件土地の使用関係は、前記のとおり無償の地上権又はそれと経済的実質を同じくする土地の利用権に基くものであるが、無償の地上権又はこれと類似の利用権の設定は、まさに民法第五四九条にいう贈与に該当する。その経済的利益は、建物の所有を目的とする地上権の価格そのものであつて、原告は当該利益を土地所有者である原告の夫から贈与を受けたのである。

ところで、建物の所有を目的とする地上権は、借地法第一条にいう借地権に該当するが、借地権の価額については、借地権の目的となつている土地の自用地としての価額に借地権割合を乗じて計算した価額によつて評価することとなつている(昭和三九年四月二五日直資五六、直審(資)一七「相続税財産評価に関する基本通達」二七、評一〇二七(借地権の評価)。本件土地は、前記「基本通達」一三、一四「評一〇一三(宅地の評価)、評一〇一四(路線価)」による路線価が設定されていて、昭和四〇年路線価は、坪当り二八、〇〇〇円である。

原告が借り受けた本件土地は、五七、二六坪であるから本件土地の自用地としての価額は、28,000×57.26=1,603,280円であり、借地権割合は、四割であるから借地権の価額は、1,603,280×0.4=641,312円となる。

三、本件土地の無償使用関係が、仮りに無償の地上権又はこれと経済的実質を同じくする土地の利用権に基くものではないとしても、次の理由により原告は、本件土地の使用に際し土地所有者である原告の夫から原処分における課税標準額を上廻わる経済的利益の贈与を受けている。

(1)  本件土地の所在する吹田市及びその隣接地域において他人の土地を使用する場合には使用者は所有者に対して土地の価額の四割六分に相当する金額の権利金を支払う慣行がある。従つて原告が貸家業を営む為夫以外の他人から土地を借り受けようとする場合には、借り受ける土地の価額に比し相当な額の権利金を支払わねばならない。また一方原告の夫が他人に対して建物を所有させる目的で土地を使用させる場合には同様に相当な額の権利金を収受することができる。本件の場合、原告は、土地所有者が、夫であるために右土地の使用に際して相当額の権利金の授受をなさなかつたが、これはすなわち原告が夫から土地所有者が夫以外の他人であつた場合に通常支払わねばならない価額の権利金を支払わずに済んだという経済的利益の贈与を受けたものということができる。

(2)  わが民法は夫婦別産制を建前としており、夫婦が各独立に事業を営み所得をえている場合は、それぞれが事業の主体である。従つて本件のように妻がその事業のために夫の土地を利用する関係に立つ場合においては、妻から夫に対して通常支払わねばならない権利金相当額の経済的利益の移転があつたものと認められる。

(3)  そこで、右権利金相当額を算出すると、本件土地の時価額は、金二、二九〇、四〇〇円であるから本件土地の使用に対する権利金相当額は2,290,400×0.46=1,053,584円となる。この金額は原処分における課税標準額を上廻わるものである。

四、本件土地の使用関係が使用貸借であり、借地権の評価に準ずる評価又は借地権上の慣行に準ずる取扱をすることができないとしても次の理由によつて原告は夫から経済的利益の贈与を受けている。

(1)  本件土地の使用関係が返還の時期を定めない使用貸借であるとしても、土地の使用目的については、原告の夫は当然承知していたのであるから土地の使用目的は定められていないものというべく、従つて原告の夫は、何時でも土地の返還を請求することができるわけではなく、本件使用関係は、使用目的に従つた使用が終るまで継続することとなる(民法五九七条)。一方使用貸借は、借主の死亡によつて終了する(同法五九九条)から、本件使用関係は、使用が終るまでの期間すなわち建築された建物が建物として存続しうる期間(借地法第二条は三〇年と予想している)および借主の生存期間のうちいずれか短い期間中存続するのである。昭和四〇年一〇月当時原告は四八才であつたからこれに対応する平均余命である二八、八八年(人口問題研究所第一九回人命表)継続する。

(2)  このような長期間建物が本件土地上に存続することとなると、本件土地の所有権はその期間中使用権及び地代収受権の失われた権利となり、当然その交換価値は下落する。すなわち土地価格の減価が生ずる。一方土地使用者たる原告は、土地の所有権者からこの期間又は土地所有者の生存期間(本件土地を原告が相続によつて取得する蓋然性が強いため土地所有者の生存期間を考慮すると右人命表によれば一六、三一年である)のうち、いずれか短い期間中通常の地代を支払わなくてもよいという経済的利益をうけるのである。相続税法六条九条によつて原告は夫から少くとも一六年間通常地代の額に相当する定期金給付契約に関する権利の贈与を受けたとみなすべきである。

(3)  ところで、通常地代の額は、土地価額に対する年八分の額とみるべきであるから本件贈与財産の価額は、相続税法第二四条第一項の規定により次の算式により計算される。1,603,280×0.08×16×40/100=802,087円

この金額は、原処分の贈与財産価額六四一、三一三円を上廻わるから本件課税処分は違法ではない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、争いのない事実

原告の請求原因中一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二、贈与の事実の存否

原告は、昭和四〇年度において誰からも贈与税の課税対象となる贈与をうけたことはないと主張し、被告は、その事実があると抗争するのでその点から判断する。

(一)  本件土地使用関係の性質

原告が昭和四〇年に夫小林寛からその所有にかかる吹田市寿町一丁目二八五五番地宅地四七六、〇三平方米(一四四坪)のうち一八九、二八平方米(五七、二六坪)の本件土地を無償で借り受けたことは当事者間に争いがなく、本件土地上に原告が他に賃貸する目的で共同住宅二階建八戸一棟二五二、六九平方米(七六、四四坪)の建物を建築し本件土地を使用していることは、原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。

(1)  被告は、原告の本件土地に対する使用関係は、無償の地上権の設定によるものであると主張するが、その事実を認めるに足る証拠はなく、仮りに被告の主張が、夫婦間の土地使用関係は無償の地上権に基くものと推定すべきであるとの趣旨であるとしても夫婦間の土地の使用関係が当然に地上権を設定するものと解すべき法令上又は理論上の根拠はないのみならず物権である地上権が債権である賃借権等に比し土地使用の目的を達するのにより有利であるからといつて親族間における土地使用の関係が常に地上権を設定するものと認めるのは相当でなく、むしろ、親族間における土地利用が愛情等の特殊なきずなによつて結ばれ、その基礎の上に成立したものであればその間に何等利害関係の対立はないのであるから経済的利害について無色ともいうべき使用貸借が最も適合するというべきであつて、地上権のような強力な物権を設定する必要性は毫も存しないといわなければならない。

(2)  被告は、地上権と賃貸借及び使用貸借との主たる相違点として権利の譲渡性の有無を取上げ、賃貸借の場合は、慣習や借地法、建物保護に関する法律等によつて地上権との差異は殆んどなくなつているが、使用貸借の場合には左様な慣習や法律の保護がない。しかるに親族間において、土地、建物等が別個に譲渡される場合を考えてみると、この場合においては、特殊な共同体としての連帯感からその利益とする権利を主張するであろうが、かかる主張によつて地上権であるか使用貸借であるかを区別することは適当ではなく、むしろ土地使用者がその土地を使用することによつて成立する社会生活関係や企業組織の存続を重視すべきであり、従つてその使用関係を地上権と認めるのが当事者の意思に合すると主張する。しかしながら親族間における土地利用関係は、当事者間の自由なる契約によつて成立するものであつて、何らの根拠もなく常に地上権を設定したものと認めるのは当事者の意思に合致しないのみならず、当事者はその設定した法律関係を事実に則さないで、主張しうるものではなく、いかなる法律関係が存するかは、もつぱら事実認定の問題に帰するのであるから被告の右主張はそれ自体失当といわなければならない。

(3)  被告はまた、親族間における土地利用関係を地上権と認めないならば、建物所有の目的をもつてする土地使用において、借地法、建物保護に関する法律による保護がないため建物の建築に投下した高額の資本の回収が不能となり、国民経済上大きな損失となると主張する。

しかしながら親族間における土地使用関係においていかなる種類の契約を締結するかは、私的自治の原則に基き当事者の任意に選択するところであつて、これを地上権と認めた方が主張の如く国民経済に関する見地からより適当であるとしても、実定法上の根拠を欠く以上結局、立法論ないし立法政策に関する見解というほかないから被告の右主張も採用に由がない。

(4)  次に被告は、本件建物が他人に賃貸されている点をとらえてその借家権の保護を図るためにも地上権と認めるべきであるという。

借地権を有する建物を賃借した場合と比較して使用貸借地上の建物を借用した第三者の借家権が法の保護をうける度合いの薄いことは被告の指摘するとおりであり、それは、基礎となる権利である借地権と使用借権に対する法の処遇の相違に由来することはいうまでもない。

思うに使用貸借地上の建物を賃借した第三者の借家権に対する現在の実定法規の処遇ないし態度について全く問題がないわけではなく、借地権を有する建物の賃借の場合に準じてその保護を厚くすべきものとする見解にも傾聴すべきものがあるけれども、被告の主張する如く、かような借家権の保護のためにその基礎となる権利を地上権と認めるべきであるとするのは、実定法の規定を飛越した議論を展開するものという外ないのであり、採用することができない。

(5)  最後に被告は、本件土地の無償使用関係が地上権の設定でないとしてもいずれは顕在化する性質のものすなわち潜在的地上権であると、主張するが、物権法定主義をとるわが民法上左様な地上権は認められていないのみでなく、仮りに存在するとしてもその事実を認めるような証拠は何ら存しないからかかる主張も採用することができない。

以上のように本件土地の使用関係が無償の地上権ないしこれに準ずる権利の設定であるとする被告の主張はすべて失当であるところ、冒頭に摘示した各事実に証人小林寛の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると原告と夫小林寛との間における本件土地の使用関係は、期限を定めず建物所有の目的をもつてする使用貸借に基くものと認めるのを相当とする。

(二)  本件土地使用による利益の有無

原告は、本件土地の使用関係が民法上の使用貸借であることから何らの経済的利益を生じないと主張する。本件土地の使用関係が対価関係に立たない無償の使用貸借であることは前記認定のとおりであるけれども税法上における経済的利益の有無は、当該法律関係の形式と性質によつて決定されるものではなく、もつぱら経済的実質によつて決定されるものであつて、原告主張のとおり本件土地の使用関係が使用貸借であることは経済的利益の存在を認定する上においては何らの妨げとなるものではなく、証人小林寛の証言によれば原告は本件土地を使用して共同住宅を建築し、これを他人に賃貸して賃料収入を挙げている事実が認められるから夫婦別産制をとるわが法制下においては、原告は、自己の営む事業によつて自己の所得をえているのであり、原告は税法上の見地においては独立の経済主体として本件土地を夫小林寛から借用することによつて相当の経済的利益をうけているものというべく、右利益は、原告が夫から直接贈与をうけたものではないが、贈与をうけたのと同様の経済的効果を有するものであるから対価を支払わないで利益をうけた場合に当り相続税法第九条により原告は夫小林寛から利益の価額に相当する金額を贈与により取得したものとみなされることとなる。

従つて昭和四〇年中誰からも贈与をうけたことはない旨の原告の主張は理由がなく、原告が夫から土地の借用による経済的利益相当額の贈与をうけたに等しいとする被告の主張はまことに正当であるといわなければならない。

三、利益額の計算方法について

(1)  被告は、本件土地の使用関係が、無償の地上権であることを前提として借地権割合による本件土地の使用に伴う原告の経済的利益の金額を計算すべきであると主張する。しかしながら原告の本件土地の使用関係は、前記の如く使用貸借に基くものであるため借地権の存在を前提とした計算方法をとることはできないから被告の右主張は理由がない。

ただ念の為め使用貸借の場合においても借地権割合を類推することが可能かどうかについても一応考察してみよう。借地権は周知の如く借地法、建物保護に関する法律等により法の手厚い保護の下にあり、そのため土地所有権のうち相当部分が借地権によつて浸蝕され或いは代替されているとの観念を生じこれが俗に借地権割合として評価されているものである。これに反し、使用貸借は、無償の使用関係として交換経済の埓外にあるため借地権のような諸立法による社会的保護とは無関係であり農地を除いては、極めて劣弱な保護しか与えられていない。例えば契約の解消(民法五九七条五九九条)、貸主の担保責任(同法五九六条)、借主の費用負担(同法五九五条)等の諸点において借地権に比し著るしい差異があり、この差異はとりも直さず所有権に対する使用借権の制約が借地権に比し微弱であることを証明する。されば、後記の如く、使用貸借による土地使用の利益を使用料として把握するなら格別、その他に、所有権に対する使用借権の制約を借地権割合の如きものとして評価することは、その共通の地盤を欠く点において、又、右の制約に対する借地権割合のような一般的標準の存在しない現在において、甚だ困難であるのみならず、更に加えて、本件の場合は、夫婦間の使用貸借であるため貸主たる夫は、民法第七五四条によりいつでも契約の取消ができるから原告の有する使用借権は、普通の使用貸借の場合に比べて一層薄弱となつており、このことは、契約の取消に際し、第三者の権利を害することができないので土地の交換価値の或程度の下落を来すことがあるとしても、原告の有する使用借権の価値自体の評価とは関係がなく、これを左右する原因となるものではない。

従つていずれにしても借地権割合をもつて利益を評価する計算方法は、使用貸借については、そのまま適用に堪えないものといわざるをえない。

(2)  被告は、本件土地の使用関係が地上権もしくはこれと経済的実質を同じくする他の利用権でないとしても、本件土地の所在する吹田市及びその隣接地域において、他人の土地を使用する場合には、土地の使用者は、所有者に対して土地の価額の四割六分に相当する権利金を支払う慣行があるが、原告は、右権利金を支払つていないから右価額相当の経済的利益の贈与をうけたと主張し、証人本野昌樹の証言とこれにより成立又は原本の存在と成立及びその写しであることを認めうる乙第三ないし八号証の各一、二、第九号証によれば、昭和三七年から同四〇年にかけて吹田市内で成立した土地賃貸借に権利金の授受された事例が認められなくもないが、右事実だけでは本件土地の所在地及びその附近において権利金を支払う慣行があるとまではこれを認めるに十分でなくその他には証人小林寛の証言を比較してたやすく措信し難い証人中西一郎の証言の一部を除いては認めるような証拠がなく、更にいわゆる権利金は、その種類、内容等において一定せず極めて複雑多岐であり、被告の主張する権利金がいかなるものに該当するかが明白でないのみならず、権利金の授受自体は、借地権借家権の設定に特有であつて、当事者の任意の契約により主として右権利に法の厚い保護のあることの反射的効果として発生したものであるから本件のような使用貸借の場合に類比することは、概してその法律的性格にそぐわないものである。もつともいわゆる権利金を(A)場所的利益の対価(B)賃料の一部前払(C)賃借権の譲渡転貸の承諾料などの各本質を有するものとする見解によつた場合において(A)の権利金は、土地使用等における特殊の場所的利益に関するものであるから賃貸借のみならず使用貸借の場合においても観念されうる。

従つて被告において本件土地に関し右の権利金の授受の可能性とその金額に関する主張立証をつくすならば本件の場合も右権利金相当額の利益の発生を認定しえないわけではない。しかし被告は右の主張立証をしないのであるから採用することはできない。次に(B)の権利金は、本件土地の使用関係の利益を後記のように適正賃料相当額とみるときは考慮の必要を欠くものであり、また(C)の権利金は賃借権固有の負担であつて、大体において譲渡性を欠く使用貸借の使用権については絶対に観念されえないわけではないが考慮する余地の殆んどないものである。そうすると被告の主張するように本件土地の所在地又はその附近において権利金を支払う慣行があると仮定しても前記(B)(C)の権利金についてはその相当額の利益の発生を認める理由のないことが明らかであるから権利金の授受あることを前提とする被告のその余の主張も失当として排斥を免れない。

(3)  次に被告は、本件土地の使用関係が使用貸借である場合は、一種の定期金給付契約に関する権利を贈与したものというべきであると主張する。

しかしながら相続税法第二四条に規定する「郵便年金契約その他の定期金給付契約で当該契約に関する権利」とは、同条と同法第三条第四、五号第六条の規定とを対照して考察すると恩給、扶助料などのように或期間を通じて定期的に金銭等の給付をうける権利をすべて包含するものではなく、郵便年金契約に基く権利のように当事者の一方が掛金を払い込むことにより他方に対し定期に金銭その他のものの給付を対価的に請求する権利のみを指称するものと解すべきであるから本件の如く何ら掛金を払い込むことなく無償で土地を使用する場合はこれに含まれないことが明白である。原告の取得する利益が恰も定期金給付契約に基く給付に類似する性質を有するとしても、原告の取得する利益とは、後記のように地代相当の利益にすぎないからこれをしも定期金給付契約に基く給付相当の利益といいえないことは勿論、地代相当の利益が定期金給付契約に基く給付に変ずる理由もないので、相続税法第九条を適用したからとて本件の原告の取得する経済的利益につき定期金給付契約に関する相続税法の規定の適用を認めるのは相当でない。

のみならず前記認定のとおり、本件土地の使用関係は、原告と夫間の返還の期限を定めない使用貸借に基くものであるが、右貸借は、原告が共同住宅を建設しこれを賃貸する目的でなされたものであるからその使用目的は定められており従つて原告の夫は、いつでも返還を請求しうるものではないかの如くであるが、民法第七五四条によれば夫婦間の契約は、いつでもこれを取消すことをうるから特別の事情のない限り原告の土地使用権は被告の主張する如く建物が朽廃し或いは貸主たる夫もしくは借主たる原告が死亡する時期まで存続するものと断ずるのは当を得ない。

従つて右の期間原告の土地使用権が存続することを前提とした被告の主張は理由がない。

(4)  元来動産不動産もしくは金銭たるとを問わず、これを貸借した場合において右貸借に伴う借主の負担は、使用料として貸主に支払うのが原則でありこの関係の成立により物の貸借における交換価値関係が成立する。金銭における利息、動産、不動産における賃料は、正にかかる経済的関係を示すものに外ならない。

しかるに使用貸借においては、かかる交換価値の関係は、一方的に貸主の側にのみ存し借主の側には存しないため借主の利益を考察する場合においては、対価関係を有する賃貸借における賃料相当額をもつて右の使用料すなわち借主の利益と観念するのが相当である。

そして一年間における賃料(地代)相当の利益は、土地の時価額に純益にあたる年六分、税金その他の維持費にあたる年二分合計年八分を乗じた額をもつて相当とするところ、成立に争いのない乙第二号証に証人中西一郎、沢村憲二の各証言によれば、本件土地の路線価方式による昭和四〇年当時の時価は、三、三〇一平方米(一坪)当りの路線価二八、〇〇〇円に本件土地一八九、二八平方米(五七、二六坪)を乗じた一、六〇三、二八〇円と認められるから同年中に生ずべき地代はこれに〇、〇八を乗じた一二八、二六二円四〇銭となる(原被告とも本件土地の貸借日時を明らかにしないので同年に発生すべかりし金額は明らかでない。)物の貸借に伴う使用料は、民法第六一四条を類推して宅地の場合においては毎月末に支払うべきものとすると昭和四〇年中における原告のうけた贈与額は右金額の範囲を出ることはありえない。

四、しかるに同年における贈与税の基礎控除額は金四〇〇、〇〇〇円であることは、相続税法第二一条の四の規定により明白であるところ原告に本件土地の使用以外に贈与をうけた事実のあることについて何らの主張立証のない本件においては原告は結局基礎控除額の範囲内における贈与をうけたものといわなければならないから被告が昭和四一年八月一九日付で原告に対してした昭和四〇年度贈与税及び無申告加算税の賦課決定処分中大阪国税局長の裁決により維持された部分は全部違法であるからこれを取消すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 仲江利政 光辻敦馬)

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